2015年10月03日

『黒い家』ネタバレあり

先日、『悪の教典』を読み終わり、
すっかり貴志祐介のファンになってしまったぼくは、
早速第二弾に取りかかることにしました。

実は貴志祐介の名前は、『悪の教典』よりも以前に
『黒い家』や『ISOLA 十三番目の人格』で知っていたので、
第二弾は『黒い家』で !

と張り切って読み始めたのはいいんですが。。。

なんなんでしょう、この、ねっとりとまとわりつくような不快感は。。。

いや、決して面白くないわけじゃないんです。

むしろ小説としては、とても面白くて、ずんずん読み進めてしまいます。

ただ、ね。

同じサイコパスものでも、『悪の教典』とは毛色が違い過ぎる !

ではここで、ちょっと二作の違いを挙げてみましょうか。

まず、『悪の教典』のハスミンの目標は、
「学校を思い通りに牛耳ること」です。
殺人やその他の犯罪は、その邪魔になるヤツを排除する手段なんですね。
で、対象に対し、特別強烈な感情を抱くこともなく、
淡々と排除していきます。
手段は色々ですが、まぁ一番の目玉は、やっぱりクライマックスの、
猟銃による大量殺戮ですよね。

それに対し、『黒い家』の場合、目的は保険金です。金です。
この時点で、非常に現実的。
また、犯罪に用いる凶器というのが、刃渡り五十センチの出刃包丁だとか
糸鋸だとか、身近にありそうなもの。

コレ、いやですよ。

例えばぼくは、五十年以上生きて来て、
猟銃で撃たれた経験はまだありません。
実物を見たことすらないくらいです。
でも、包丁で手を切った経験は何度もあります。
ついこの間も、庭木の剪定をしていて、鋸で指を切ったばかりです。
なので、その痛みはよーくわかりますし、
細ーい刃の包丁を見ると、背筋がぞわぞわします。

要は、『悪の教典』は、物語として面白いし、
ハスミンのキャラも興味深く、魅力的ですらあるけれど
それは、まったく自分とは関係のない世界の話だからなんです。

対して『黒い家』は、本当に身近にありそうなコワさ。
こういう人、ホントにいそうだし、
ヘタに関わったら、自分も出刃包丁で生きたまま解体されそう
と思わせるリアルさ。

しかも、ぼくらみたいな仕事をしていると、
「ん ? この人、ちょっと・・・」
というタイプの人に遭遇する率は非常に高いです。

映画版の『黒い家』で、西村雅彦が主人公の勤める保険会社に
何週間もの間、日参し、自殺した息子の保険金がまだ出ないのかと
言い続けるエピソードがありますが、
クレームをつけるわけでもなく、怒鳴るわけでもなく、ただ

「そっかぁ〜、まだなのかぁ〜、そっかぁ〜、まだなのかぁ〜」

と体を揺らしながらつぶやき続けるシーンは、
実際に、そういう人と会った時の、あの異次元に引きずり込まれそうな、
世界が歪んで見えるような、独特の感覚を思い出してしまって、
体が暗くて深ぁ〜い穴の中に落ちていくような恐怖を感じました。

そんなわけで、ただいま、ちょっと気持ちをスッキリさせるために、
宮部みゆきの時代小説を読んでおります。

おかげさまで、大分立ち直りました。

posted by 和矢 at 02:51| Comment(0) | 読書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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